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東京高等裁判所 平成元年(行ケ)72号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願考案の実用新案登録請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告ら主張の審決の取消事由の当否を検討する。

1 本願考案の要旨の認定について

実用新案法第一条及び第三条第一項柱書は、実用新案権の対象である考案の範囲がみだりに広がることを避けるために、実用新案登録を受け得る考案を「物品の形状、構造及び組合わせ」に係るものに限定しているところ、本願考案の実用新案登録請求の範囲中の「ラツピングにより」の記載が、いわゆる方法に関する記載であつて、「物品の形状、構造及び組合わせ」に係る記載でないことは原告らが自認するところである。

この点について、原告らは、本願考案が要旨とする透明樹脂薄膜層はラツピング以外の方法によつて得ることが不可能であること、並びに、本願考案の技術的思想(すなわち、平滑面の平滑の程度)は「うねり曲線」及び「あらさ曲線」を数値で表すことによつては的確に特定できないことを根拠として、本件出願は実用新案登録請求の範囲に方法的な記載をすることが許容されるべき場合であると主張する。

しかしながら、成立に争いない甲第一〇号証(機械製作法研究会編「最新機械製作」株式会社養賢堂昭和五一年二月一〇日発行)によれば、ラツピングは精密加工作業の一つであつて、砥粒による切削加工を行うもの(第二九八頁第一七行及び第一八行)、すなわち、工作物をラツプの表面に押し付け、両者の間にラツプ剤を加えて相対運動させ、工作物表面から微量の切屑を取り去つて工作物の寸法精度を高め仕上げ面を滑らかにする方法であること(第三〇八頁第二九行ないし第三一行)、工作液を使うか否かによつて湿式法と乾式法に分けられ、前者では遊離した砥粒のころがりによる切削が行われ梨地無光沢の粗面が作られ、後者では埋込み砥粒との間のすべりによる切削が行われ光沢のある滑面が得られること(第三〇八頁第三二行ないし第三〇九頁第六行及び表17・2)、ラツプには金属ラツプとして鋳鉄、軟鋼、銅、黄銅、青銅、鉛、すず、活字金、アルミニウム、バビツトメタルなど、非金属ラツプとして竹、皮、フアイバ、木炭などがあること、ラツプ剤には硬質微粒のものとして炭化けい素、酸化アルミニウム、炭化ほう素、ダイヤモンドなど、軟質微粒のものとして酸化クロム、酸化鉄などがあること、工作液は石油が慣用され、これにマシン油、植物油、動物油を加えることもあること、ラツピングを能率的に行うために立型ラツプ盤、はさみゲージラツプ盤、心なしラツプ盤、センタ穴ラツプ盤などが用いられること、及び、手作業によるラツピングも行われることが認められ(第三〇九頁第一三行ないし第三一一頁第二五行)、また、第三一〇頁の表17・3によれば、湿式ラツプ仕上げ工作条件は、砥粒の粒度は♯二〇〇~二〇〇〇、圧力は〇・五~二kg/cm2、速度は三〇~一〇〇m/・mmの範囲に及ぶことも認められる。

そうすると、同一の物をラツピングしたとしても、工作液を使用するか否か、ラツプの種類、ラツプ剤の種類及びその粒度、ラツプ盤の種類及び圧力あるいは速度等の加工条件をいかに選択するかによつて、仕上がる表面の平滑度が異なることは明らかというべきであるから、「ラツピングにより」との記載によつて平滑面の平滑の程度が一義的に表現されるとはいえない。

また、成立に争いない乙第一号証(精機学会編「新訂精密工作便覧」株式会社コロナ社昭和四五年六月一〇日発行)によれば、プラスチツク部品は成形加工のみでは精度が高いものを得ることが困難であるから成形加工後に機械加工を必要とすることが認められ(第一六四六頁右欄第四行ないし第九行)、第一六四七頁の表2・22にはプラスチツクに用いられる多くの仕上げ法、すなわち、遊離砥粒による方法としてラツピングのほかにポリシング、バレル加工、バフ加工、噴射加工及び超音波加工が、固定砥粒による方法として研削加工及び研磨布紙加工が知られていることが認められる。したがつて、これらの加工法の条件を適宜に設定すれば、透明樹脂薄膜層についても細密な平滑面を得ることができないとする理由はない。

なお、成立に争いない甲第一四号証(麻田宏ほか一名著「金属材料表面工学」株式会社コロナ社昭和四三年一二月一〇日初版発行)には、金属の断面曲線のうち比較的周期の短い波を「表面あらさ」、表面あらさより周期が長く比較的規則正しい周期性を有する波を「うねり」と呼ぶこと(第二七〇頁第一〇行ないし第一三行)、表面あらさの概念は定性的なものであるが(第二七一頁第一五行及び第一六行)、機械の性能や外観などに関係するので、生産管理の目的で広く測定が行われていること(第二七一頁第二六行ないし第二八行)が記載され、第二七二頁表3・1にはJISによる表示あらさの表示区分が示されていることが認められる。また、成立に争いない乙第二号証(金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」日刊工業新聞社昭和五二年一二月二五日発行)によれば、JISは一九六八年の改正によつて表面あらさの測定法を触針式表面あらさ測定器、光波干渉式表面あらさ測定器及び比較用表面あらさ標準片に整理したこと(第四四頁第一八行ないし第二〇行)、うねりはあらさより大きい範囲における表面の周期的な凹凸であると定義されているが、広い範囲の表面を考えるとうねりの前記定義ではあらさと区別し得ないものが多いので、新しいJISは凹凸はすべて表面あらさとしていること(第四五頁第一二行ないし第一六行)、JISは表面あらさの数値的な表示法として最大高さ(第四五頁第二四行以下)、十点平均あらさ(第四六頁第七行以下)及び中心線平均あらさ(第四六頁第一九行以下)を規定していることが記載され、第四七頁第三行以下に、触針式表面あらさ測定器(JIS B〇六五一―一九七三)、光波干渉式表面あらさ測定器(JIS B〇六五二―一九七三)及び比較用表面あらさ標準片(JIS B〇六五九―一九七三)について詳細に説明されていることが認められる。なお、成立に争いない甲第一五号証(株式会社小坂研究所発行の表面粗さ・うねり・形状測定器のカタログ)の第一八丁によれば、JIS B〇六一〇―一九七六は表面うねりの表示法として、ろ波最大うねり、ろ波中心線うねり、転がり円最大うねり及び転がり円中心線うねりを規定していることがうかがわれる。

以上を総合して考えると、本願考案の透明樹脂薄膜層の平滑度は、「ラツピングにより」などという方法的な記載によつてではなく、JISに規定されている前記の表記法によつて表すことが十分に可能であり、かつ、それが最も的確な方法であることが明らかであるから、本願考案の透明樹脂薄膜層の平滑面の平滑の程度を特定するためには「ラツピングにより」との記載が必須であるとする原告の主張は失当である。

以上のとおりであるから、「ラツピングにより」との記載は方法に係る記載であるとし、これを除いて本願考案の要旨を認定した審決に誤りはない。

2 本願考案の進歩性について

成立に争いない甲第一号証(願書添付の図面)及び第六号証の二(昭和六三年五月一〇日付け手続補正書中の全文補正明細書)によれば、本願考案は時計用文字板に関するものであつて(明細書第一頁第一二行)、従来の時計用文字板は基板表面に形成される透明樹脂層の平滑度が低いのみならず非常に厚くなるため、基板表面に形成された模様が不鮮明になつて文字板全体がぼけた感じになり見栄えが良くない(同第二頁第八行ないし第一四行)との知見に基づき、右問題点を解決するため、その要旨とする構成を採用したもの(同第一頁第五行ないし第九行)と認められる(別紙図面参照)。

ところで、本願考案と引用例1記載の発明は審決認定の二点においてのみ相違することは、原告らも明らかに争わないところである。そして原告らは、相違点<1>及び<2>についての審決の判断の誤りを主張するが、成立に争いのない甲第九号証によれば、引用例2には時計文字板の基板表面に模様を施すことが記載されていることが認められるから、時計の文字板表面に模様を形成するか否かは当業者が容易になし得る設計事項にすぎず、何ら格別なことではない。また、時計は装身具ないし装飾品としての一面をも有するものであるから、その表面を平滑に仕上げて美感を生じさせることは当業者ならば当然配慮すべき事項であり、その手段として周知の仕上げ法のいずれかを採用することに困難があつたとは到底考えられないし、その結果としてもたらされる作用効果も、当業者ならば容易に予測し得た範囲の事項と考えざるを得ない。

3 以上のとおりであるから、審決の認定及び判断は正当であつて、審決に原告ら主張の違法はない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告らの本訴請求は失当であるからこれを棄却することとする。

〔編注1〕本願考案の実用新案登録請求の範囲は左のとおりである。

文字板の基板表面に模様を形成し、該模様の上にメツキ処理を施し、該メツキ処理上面に塗膜により透明樹脂層を形成し、該透明樹脂層をラツピングにより平滑面を有する透明樹脂薄膜層としたことを特徴とする、時計用文字板

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